天職に繋がる道
2008 年 9 月 28 日
今年、30歳のお誕生日を迎えました。
コンセプトデザイナーという職種名、サービスの形態が固まったのは
つい最近。2008年4月のことです。
このお仕事は、私の使命を全うするための、一つの手段でしかありません。
だけど、使命を全うするための仕事ですので、天職だと感じています。
自分の内側(魂)と外側(行動)が一致していることを感じることができます。
きっと自分の使命を自分で感じることができれば、それに通ずる道は全て天職。
自分にとっての天職は星の数ほどあるのかもしれません。
私の使命は、『自分と人を癒すこと』
そのために、私はこの時代の日本に生まれてきました。
コンセプトデザイナーというお仕事は、『自分への信頼』『人への信頼』をテーマに
提供するサービスを介して、クライアントが癒されることが目的です。
自分の使命が腑に落ちたのが、今から2年前。
私が28才の、フランス横断の旅行のときでした。
18才の時から捜し求め、10年かかってやっとその地点にたどり着いたのです。
それから、コンセプトデザイナーという仕事を創り出し、動き出すのに
2年かかりました。
思い起こせば、小さい時から本が大好きで、ずっと一人で本を読んでいることが
多かったように思います。
お友達も、どちらかと言えば少ないほうで、学校にもほとんどなじめていませんでした。
小さい頃から、自分の気持ちは日記として表現していました。
本も大好き、日記も大好き、表現することが大好きな私は
物書きになるんだ!と心に決めていました。
18才くらいの頃だったような気がします。
ある尊敬する方に、私が今読む必要がある本を選んで頂いたことがあります。
私は好きなこと、やりたいこともはっきりしていたので
(物書きになること)、正直、選んでいただいた本の題を見て、大きな抵抗が生まれました。
この本を薦められたときの戸惑いは、言葉ではうまく表現できません。
『生きがい、やりがいを育てる』
この日から、私自身への問いかけの旅が始まりました。
「私の生きがいは?何をするために生まれてきたの?私の使命は?」
求め続け、決して諦めたりはしませんでした。
物書きになるということも諦めていませんでした。
求め続けている時も、自分の心の声に従い、やりたいようにもやってきました。
愛をもって見守ってくれた親戚や周りで応援してくれる方に恵まれました。
国内外を問わず、色んなところへ出かけていきました。
18才から始めたクラシックバレエがとても好きで
毎日踊りたいと思いました。日本の狭い世界ではなく、自由に好きなだけ
踊りたいと思いました。
そして、友達のいるイギリスのケンブリッジへ留学したのです。
渡英中は色んな価値観の色んな人に出会いました。
そして留学後、私はIT業界へ就職しました。システムエンジニアになりたかったのです。
システムエンジニアの仕事は大好きで、時間も生命力も全て仕事に使っていました。
本当に楽しい時間でした。でも私は、変わらず求め続け、探し続けていたのです。
『生きがい、やりがいを育てる』を薦めてくださった方も読まれている雑誌で、
月刊「致知」を毎月購読していました。
その致知で知った、阿蘇山中にお住まいの北川八郎さんにも会いに行きました。
40日を越える断食を2度体験し、魂の存在意義、生き方の法則を解悟されたということです。
せめて、その断食の時の話を聴きたいと思いました。
そうすれば、私の使命を知る、何かのきっかけになるのではないか。と。
天に導かれるように人に助けられ、北川八郎さんにお会いすることはできましたが、
私の欲しかった答え、ヒントはいただけませんでした。
それから数年後、変わらず私は求め続け、探し続けていました。
ある方に進められて、手相と手から光を見る方のところへも行きました。
手相だけではなく、手のひらの光によって、魂の声を伝えてくれるのです。
そこで、単刀直入に自分の使命について聴きました。
「癒しね」そう彼女は言いました。
その時も大きな抵抗を感じました。
システムエンジニアという仕事をしてきました。
癒しと言われて、まっさきに頭をよぎったのは、看護士やヒーラーなど。
私はその職業にちっとも興味を抱かず、これからもその職業に就くつもりは全くなかったからです。
全然、腑に落ちませんでした。
受入れられませんでした。
本当にそれが私の使命なの?
その半年後、小学生の頃からなんとなく行きたいと思っていた土地へ旅行することになりました。
フランスです。
カトリックの学校でしたので、小学生の頃、フランス大聖堂の写真展示会が学校でありました。
その時目にしたシャルトル大聖堂のステンドグラスがずっと心に残り
28才にして、そのステンドグラスを自分の目で見る機会をもらったのです。
フランス、パリに着いた翌日、念願のシャルトル大聖堂のステンドグラスを見ました。
深海を思わせる色。その時代にしか創り出せなかった色。
その濃紺のシャルトルブルーと呼ばれるステンドグラスを見た瞬間、
私は、もう一人の自分と出会った。と感じました。
そこには私がいたのです。
その瞬間、全てが腑に落ちました。
私がこの世に生まれた使命は、癒すことです。
周りの人だけではなく、まず自分自身を癒すことです。
その時の心の平安は、長い航海に疲れ、
母(海)の懐の中でゆりかごの揺られているような心地よさでした。
静かな時間、静寂を感じました。
私がずっと捜し求めてきた答えは、自分の中にあったのです。
自分の使命に気付いた私ですが、好きな仕事(システムエンジニア)をやめる気には
なれませんでした。
気付いた後も、私の日常は変わりなく続いたのです。
バレエ教室のお友達で、ピアノと声楽の先生をしている人がいました。
高校生の頃から歌うことが大好きな私は、これもご縁だわ!と思い
声楽とリトミックを習うことになりました。
そして、身内だけの小さな発表会「おさらい会」が2007年4月1日にありました。
私の魂への扉が開いた日です。
イタリアの古典楽曲を歌いました。もちろん上手ではありません。
でも私は歌っている最中、自分の声が自分の体を響かせ、
そしてその空間(会場)を響かせていることを感じたのです。
つまり、私は自分の体と体の外の世界の境目を越えて、私は空間に
空間は私になったのです。
私の体は、私の魂を響かせる楽器。
その日を境に、その時の心地よさを感じてから
私は自分の中から湧き上がる何かを感じていました。
抑えようのない、抑えることのできない何か。
新たな苦しみでした。
いつものように、私は自分の気持ちを日記に記しました。
だけど、日記では私の中から湧き上がるものにアクセスすることはできませんでした。
そんな時、友達の紹介でソースのワークショップを受けました。
ソースとは、アメリカのマイク・マクマナスが開発したプログラムです。
「あなたの人生の源(ソース)は、ワクワクすることにある」
今まで出会った事のない価値観でした。
そして、私は自分のワクワクを思い出し、このワクワクで生きていくことを決めました。
私の中から沸きあがる何かは、魂と心と体をつなげよ。時は満ちているというサインだったのです。
その半年後に、コンセプトデザイナーとしての職業名、サービスの内容が明確になったのです。
振り返れば、私はいつも自らの意思で選択的な人生を送ってきました。
まだまだこれからも戸惑い、不安になったり、色んなことがあると思います。
でも自分の足で歩いてきた人生なので、後悔することはありません。
これからどんな宿命が待っていて、どんな運命を自分で創り出していくのか
とても楽しみです!
愛と感謝を込めて。。。
つゆこ
こんなにかわいいデザインになりました!!
これからもよろしくお願いします♪
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